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高知地方裁判所 昭和60年(ワ)324号 判決

原告 高知県労働金庫

右代表者代表理事 井沢幸男

右訴訟代理人弁護士 横田聰

被告 高知土地建物株式会社

右代表者代表取締役 藤本頼馬

右訴訟代理人弁護士 大坪憲三

右同 石川雅康

主文

一、被告は原告に対し、金一〇五万七一六七円及びこれに対する昭和六〇年八月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文と同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 原告は訴外浅野富士子(以下「浅野」という。)所有の別紙物件目録記載(一)(二)の不動産(以下「本件物件(一)(二)」という。)について、順位一番の抵当権に基づき、高知地方裁判所に競売の申立をし、右事件は同庁昭和五七年(ケ)第一〇五号事件として係属し、同年七月三日競売開始決定がなされた。

被告も本件物件(一)(二)について、順位二番の抵当権に基づき、同裁判所に競売の申立をし、同事件は同年(ケ)第一四三号事件として係属し、競売開始決定がなされた。

2. 浅野は本件物件(一)について、原告の抵当権の存在を争い、原告申立に係る前記競売手続を停止する旨の仮処分決定を得たうえ、原告に対し、高知簡易裁判所に抵当権設定登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した(同裁判所昭和五七年(ハ)第一〇七一号)が、前記のとおり被告が競売の申立をしていたので本件各物件とも競売され、高知地方裁判所は昭和五八年三月一八日の配当期日に本件物件(一)について別紙(一)の、本件物件(二)について別紙(二)の配当表を作成し、別紙(一)の原告の配当金を除き、その余の配当金を各配当表のとおり配当した。

その後同年一二月五日原告は前記抵当権設定登記の抹消登記手続訴訟において敗訴したため、別紙(一)の配当表記載の配当金を受領することができなかった。

3. ところで原告の抵当権は本件物件(一)(二)を共同担保とするものであるから、原告は本件物件(一)の抵当権の存在が否定されても本件物件(二)について一番抵当権者として被担保債権全額につき売却代金より優先配当を受ける権利を有するものであり、別紙(二)の配当金のうち被告に配当された金額についても優先的に配当を受けることができた。

しかるに被告は同年三月一八日、本件物件(二)について別紙(二)の配当額一〇五万七一六七円の配当を受けており、原告は同額の配当金を受領できなかった。

すなわち被告は法律上の原因なくして一〇五万七一六七円を不当に利得し、原告はこれにより同額の損失を受けたものである。

4. よって原告は被告に対し、民法七〇三条により不当利得金一〇五万七一六七円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年八月二八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1、2の事実は認める。

2. 同3は争う。

被告が交付を受けた別紙(二)の配当表に基づく配当金については、原告の本件物件(一)に設定した抵当権の存在が否定された場合、原告が本件物件(二)の一番抵当権者として優先配当を受ける地位にあることは原告主張のとおりであり、原、被告のいずれが配当を受け得るかは、前記抵当権設定登記抹消登記手続請求事件の帰趨によって定まる。

ところで別紙(二)の配当表が作成された時点では右訴訟事件は係属中であり、右の配当金を被告が受領するものとして確定していなかったのであるから、民事執行法九一条一項六号により供託されたうえ、右訴訟の帰趨が定まったときに原、被告のいずれかに追加配当されるものである。従って原告は配当期日に配当異議の申出(同法八九条一項)をし、配当異議の訴(同法九〇条一項)を提起して救済を受けるべきであったが、原告は右の救済手段を行使しなかった。そうすると、もともと配当表は実体法の規定のみに従って作成されるものではなく、全債権者の合意があればその私的な処分に従って作成されなければならないものであり、配当表の記載が実体関係と一致しないとしても配当異議の申出等をしなかった債権者は配当表の記載を争わない旨の消極的な処分をしたと評価することができ、また配当異議の申出等がない場合、執行裁判所は配当表に基づいて配当を実施すべき義務があるので、これによって配当金の交付を受けるのは債権者間の調整を図る方法として手続上も実体上も正当というべきであるから、配当異議の申出等をしなかった原告には実体的に正当でない配当表に基づいて配当が実施されたとして被告に対し不当利得返還請求をする権利はない。

また、被告が受領した金員は、民法七〇三条の「利得」に該らない。

すなわち、被告は前記両競売事件において金五一七万六九八六円の債権届出をしており、前記訴訟事件の判決結果により本件物件(一)について一番抵当権者として本件物件(一)の売却代金七五〇万二八九三円から右届出金額全額の配当を受けることができたはずである。しかるに被告が実際に本件物件(一)(二)の競売により受けた配当金は合計四七七万一一四六円にすぎず、右の両競売事件で被告は四〇万五八四〇円の損失を蒙ったのであり、しかも一〇五万七一六七円を原告に返還すると合計一四六万三〇〇七円の損失を蒙ることとなる。そうすると被告は両競売事件における同一の配当手続において被告が別紙(二)の配当表に基づいて交付を受けた金額以上の損失を蒙ることになり、利得はないというべきである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで被告が別紙(二)の配当表に基づいて交付を受けた一〇五万七一六七円の配当金が法律上の原因を欠いた利得であるか否かについて検討する。

1. 不動産競売事件において、売却代金が納付されると、執行裁判所は配当期日に配当表を作成し、配当表に基づいて配当を実施するが、この配当表には配当を受けられる各債権者について債権額(元本及び利息等)、執行費用の額、配当の順位及びその金額が記載され、配当の順位及びその金額は原則として実体法の規定に基づいて決定される。

ところで民事執行法が差押ないし仮差押えの効力について手続相対効を認めたことから、仮差押えまたは執行停止中の先行差押えに劣後する抵当権等の担保権を有する債権者がいるため最終的な配当額が定まらない場合には、執行裁判所は、配当表において同一の債権者に対する配当額を予想される複数の場合についてそれぞれの見込配当額を算定して記載する、所謂二重配当表を作成せざるを得ない。

そこでこれを本件についてみるに、〈証拠〉を総合すると、原告は昭和五七年七月二日本件各物件について順位一番の抵当権(共同担保)に基づいて高知地方裁判所に競売の申立をして同月三日競売開始決定を得、差押をしたこと、被告は同年八月二四日本件各物件について右差押前に設定した順位二番の抵当権(共同担保)に基づいて同裁判所に競売の申立をして(右申立は本件各物件の他にもう一筆の土地についてなされたが、これは順位一番の抵当権に基づいてなされた。)同月三〇日競売開始決定を得たこと、その後本件物件(一)の所有者である浅野は右物件について原告の抵当権の存在を争い、同年一二月八日同裁判所から原告申立に係る右物件(一)の不動産競売手続停止の仮処分決定を得、高知簡易裁判所に原告の抵当権設定登記の抹消登記手続請求訴訟を提起したが、被告の前記競売の申立による競売開始決定がなされていたため、本件各物件とも一括して競売され、同年一二月二二日売却許可決定がなされた後、昭和五八年二月二日売却代金一〇三一万八〇〇〇円が納付されたこと、原告は金銭消費貸借元本と利息、損害金合計四七四万〇五五八円の債権計算書を、被告は金銭消費貸借元本と損害金合計五二五万〇二五六円、執行費用七万三二七〇円の債権計算書を高知地方裁判所に提出し、同裁判所は、同年三月一八日の配当期日に別紙(一)(二)の各配当表を作成し別紙(一)の原告の配当額を供託し、その余を被告らに配当したこと、原告は同年一二月五日前記抵当権設定登記の抹消登記手続請求事件で敗訴し、右訴訟は確定したこと、右供託された別紙(一)の原告の配当金は右訴訟が確定した後昭和五九年二月一四日浅野に交付されたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、前記訴訟の結果次第では本件物件(一)(二)の売却代金から交付を受ける原、被告の配当金に差異が生じるものであり、右訴訟は昭和五八年三月一八日の配当期日には未だ係属中で帰趨が定まっていなかったのであるから、執行裁判所である高知地方裁判所は、右の配当期日に原告が勝訴する場合と敗訴する場合の両様を想定して、本件物件(一)(二)についてそれぞれの見込配当額を算定した二重配当表を作成すべきであったといわなければならない。

そうしてこの場合、両者に共通する額(別紙(一)の配当表の被告の配当額及び別紙(二)の配当表の原告の配当額)についてのみ配当し、その余は供託して、右訴訟の帰趨が定まった後に追加配当をすべきであったのである。

しかるに前記認定のとおり、原告が右訴訟で敗訴した場合、被告には別紙(二)の配当表の配当額の交付を受ける権利はないのに、右裁判所は原告が勝訴する場合のみを想定して別紙(一)(二)の各配当表を作成したうえ、別紙(一)の配当表の原告に対する配当額を除きその余を配当したものであって、右の配当手続には瑕疵があったものといわざるを得ず、その後前記訴訟で原告が敗訴し、被告には別紙(二)の配当表の配当を受ける権利がないことに確定したのであるから、被告が別紙(二)の配当表に基づいて交付を受けた一〇五万七一六七円は無権利者に対する配当として法律上の原因を欠くものというべきである。また右の配当手続の瑕疵に基づき被告が交付を受けた金員は本来原告が交付を受けるべきものであったから、原告の損失に基づいて被告が同額の金員を利得したものといわなければならない。

2. ところで被告は、原告は配当期日に配当異議の申出をし、配当異議の訴を提起して救済を受ける手段を行使することができたのにこれをしなかったので配当表の記載を争わない旨の消極的な処分をしたというべきであり、被告が実体法の規定に反した配当表に基づいて配当金の交付を受けたとしても手続上も実体上も正当であって、原告には不当利得の返還を請求する権利はない。と主張する。

しかしながら右の配当異議の申出もしくは配当異議の訴は、配当表に記載された各債権者の債権または配当の額について不服のある場合についてなされるものであって、作成された配当表の債権と配当額について不服がないが、二重配当表が作成されていないために、結果的に配当額に不服が生じる場合、即ち配当の順位、額が未確定の場合にまで配当異議の申出等を要求するのは当該債権者に酷であるといわなければならない。従って配当期日に一部配当の順位、額が未確定であった本件において、原告が配当異議の申出等をしなかったからといって配当表の記載を争わない消極的な処分をしたと評価すべきではないので、右主張は理由がない。

また被告は、前記訴訟の結果によると、両競売事件において請求債権額五一七万六九八六円全額について配当を受けることができたはずであるのに、四七七万一一四六円の配当しか受けられず、四〇万五八四〇円の損失を蒙り、別紙(二)の配当表の被告の配当額を原告に返還すると合計一四六万三〇〇七円の損失を受けることになり、右の配当額以上の損失を受けるから利得はないと主張するが、被告が損失を受けたのは、前記1で認定した事実によれば、二重配当表が作成されなかったために、「別紙(一)の配当表による原告の配当額について追加配当がなされず、これを浅野が交付を受けたことに基因するものであって、一つの競売手続で損失を受けたにせよ、民法七〇三条の「利得」を得たか否かについては、各受益者と各損失者との関係で個別に判断すべきであるから、右の被告の損失が原告との関係で生じたものでない以上、原告に対し利得がないと主張するのは妥当でない。

三、以上によると、被告は原告に対し、一〇五万七一六七円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年八月二八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田博之)

〈以下省略〉

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